大判例

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東京高等裁判所 平成4年(ネ)2672号 判決

控訴人

大井徳一

右訴訟代理人弁護士

花岡正人

被控訴人

大井幸雄

大井基弘

美斉津充子

大井久子

仁科右子

右五名訴訟代理人弁護士

副聰彦

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  原判決主文第二項を次のとおり変更する。

「 控訴人は、被控訴人らに対し、原判決別紙物件目録記載の(1)及び(3)から(6)までの各土地につき、それぞれ昭和六三年一〇月一九日遺留分減殺を原因とし、被控訴人ら各自の持分をいずれも一二分の一とする所有権一部移転登記手続をせよ。」

三  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二被控訴人ら

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

本件事案の概要は、原判決の「第二事案の概要」に記載のとおり(ただし、原判決二枚目裏五行目の「更正」を削る。)であるから、これを引用する。

第三裁判所の判断

一本件の争点1ないし3(本件(2)の土地の所有者、本件贈与の遺留分侵害性、控訴人の寄与分と被控訴人らの特別受益)についての当裁判所の認定判断は、原判決六枚目表八行目の冒頭から同裏三行目の末尾までを次のとおり改めるほか、原判決の「第三 争点に対する判断」の一ないし三項に記載のとおりであるから、これを引用する。「 このように祐重が控訴人に(2)の土地を除く本件土地を贈与した当時は、祐重には同土地以外にみるべき財産がなく、かつ、その年齢が六五歳であって、事実上の隠居生活に入り、わずかな年金以外に収入がなかったのであり、祐重の年齢、生活状態、収入の点を参酌すると、右贈与の時から二〇年以上経過して相続が開始したことを考慮しても、祐重と控訴人とは、右贈与の時に将来相続開始迄に祐重の財産が増加する見込みがないことを予見し得たものというべきであり、相続開始時に祐重がみるべき財産を有していなかったことは、このことを裏付けているということができる。そうすると、右贈与時において、祐重と控訴人ともに、遺留分権利者である被控訴人らに損害を加えることを知って贈与したというべきであり、被控訴人らは、右贈与の減殺を請求することができる。」

二時効取得

控訴人は、昭和四三年二月八日に(2)の土地を除く本件土地の贈与を受け、同日から右各土地を所有の意思をもって、平穏かつ公然に占有し、しかも占有のはじめに善意無過失であるから一〇年経過後の昭和五三年二月八日に、仮に善意無過失でなかったとしても二〇年経過後の昭和六三年二月八日に、これを時効取得したから、被控訴人らから遺留分の減殺請求を受けることはないと主張する。

そして、所有権に基づいて不動産を占有する者についても民法一六二条の適用があるところ(最高裁判所昭和四二年七月二一日第二小法廷判決、民集二一巻六号一六四三頁参照)、控訴人が昭和四三年二月八日に右各土地の贈与を受け、同日から右各土地の占有を開始したことは当事者間に争いがなく、また、被控訴人らはそれ以降現在まで控訴人が右各土地を占有していることを明らかに争わないから右事実を自白したものとみなされ、さらには、控訴人は贈与により移転を受けた所有権に基づいて右各土地を占有しているから、前示のとおり控訴人が被控訴人らの遺留分を侵害することを知っていたとしても、所有の意思を以て占有したということができ、控訴人は、遅くとも昭和六三年二月八日には右各土地の時効による取得を援用するための要件を備えたものと認められる。

しかしながら、本件のような相続開始の一年以上前にした贈与に対する減殺請求権は、民法一〇三〇条、一〇三一条の規定により、受贈者に対する贈与が遺留分を侵害するという事実及び贈与契約当事者双方による右事実の認識を要件とする形成権であるところ、受贈者である控訴人が被控訴人らに対して目的物の時効取得を援用したとしても、右援用によっては、右遺留分侵害の事実等を払拭することができず、また、遺留分減殺請求権の消滅時効を来すものでもないから、被控訴人らによる贈与の減殺請求を拒むことができないというべきであり、受贈者である控訴人は、被控訴人らに対する関係で目的物の時効取得を援用する利益を有しないこととなる。

受贈者たる控訴人は、遺留分権利者たる被控訴人らに対する関係でも取得時効を援用することにより目的物の所有権を原始取得するので、時効により得た目的物は遺留分減殺に服さないこととなるから、取得時効を援用する利益を有すると主張しているとしても、前示のとおり本件遺留分減殺請求権の要件である受贈者に対する贈与が遺留分を侵害する等の事実は取得時効の援用によっては払拭することができず、右要件を具備していることを理由に遺留分権利者が遺留分減殺請求権を行使したときは、贈与は遺留分を侵害する限度において失効し、受贈者が取得した権利は右の限度で当然に減殺請求をした遺留分権利者に帰属することから、受贈者は遺留分権利者に減殺された部分を返還すべき義務を負うこととなるのであり(すなわち、受贈者は贈与の目的物を所有していることを理由に、その物的な負担として減殺請求を受けるのではなく、遺留分を侵害する贈与を受けた事実等に基づいて、当該贈与の減殺請求を受け、その結果贈与が失効したことを理由に返還すべき義務を負うのである。)、受贈者が目的物を原始取得したとしても、現に目的物を所有し、右返還義務を履行することが可能であるから、右義務を現実に履行すべきであり、結局右の主張も理由がないこととなる。仮に、受贈者が時効を援用することができるとしても、受贈者は時効完成当時も遺留分権利者に損害を加えることを知っていることは明らかであるから、民法一〇四〇条一項ただし書の規定の趣旨により(受贈者の地位を遺留分減殺請求を受ける地位と目的物を時効により原始取得した地位とに分け、前者の地位を有する受贈者から後者の地位を有する受贈者に目的物を譲渡したと理解することも可能である。)、遺留分権利者は、受贈者に対して減殺を請求することができるというべきである。

このように解することについては、受贈者に対する目的物の贈与契約に何らかの瑕疵があって無効である場合は、受贈者は時効取得の要件を満たせば時効により目的物を原始取得し得ることとなることとの均衡上問題がないわけではないが(近藤英吉・相続法論下一一二三頁参照)、この場合は、贈与がないことからそもそも遺留分減殺は問題とならないのであって、事案を異にすると解すべきである。

のみならず、仮に、受贈者が目的物の時効取得を援用したことにより遺留分減殺請求を排除することができるとすれば、次のような不都合が生じることとなる。まず、遺留分権利者は被相続人が死亡した後でなければ減殺請求権を行使することができないため、遺留分権利者に対する関係で時効の援用を認めることは、法律上およそ時効の中断をすることができないまま、当該不動産を遺留分の基礎財産から離脱させることとなるが、これを承認することは、遺留分制度の趣旨を没却せしめることとなる上に、権利の上に眠っていたものの怠慢を責め、永く占有していたものを保護するという時効制度の趣旨からしても望ましくないことが明らかである。この点、遺留分減殺請求権については民法一〇四二条で特殊の時効期間を規定していることを斟酌すべきである。次に、民法九〇三条に規定する特別受益の関係においても同様に論じる余地が生じ、特別受益のうち時効取得した分については、その計算から免れることを認めることにもなりかねないこととなるが、このことは、現行相続制度の予定するところではない上に、著しく不当であるといえよう。

以上の検討によれば、控訴人は、前示各土地の時効取得を援用することができないといわなければならない。

第四結論

一以上によれば、被控訴人らの遺留分減殺請求は理由がある。そして、被控訴人らが祐重から他に何らかの財産を相続したことの主張も立証もないから、被控訴人らは、右遺留分減殺により前示各土地のそれぞれについて、各自がいずれも一二分の一の共有持分権を取得したことは明らかである。なお、本件(1)、(3)ないし(5)の各土地はいずれも農地であるが、遺留分権利者が減殺請求権を行使し、贈与が減殺されたときは、贈与は遺留分を侵害する限度において失効し、受贈者が取得した権利は右の限度で当然に減殺請求をした遺留分権利者に帰属するのであって(最高裁判所昭和五一年八月三〇日第二小法廷判決、民集三〇巻七号七六八頁参照)、解除権行使による贈与契約の全部又は一部の解除の場合と同様に、目的物の移転の原因となった行為の全部又は一部の失効を原因に所有権が変動するのであって、新たに目的物の全部又は一部を取得せしめるものではないから、右所有権の変動については農地法三条の関するところではないというべきである。

してみれば、被控訴人らは、控訴人に対し、前示共有持分権の確認と遺留分減殺を原因とする登記手続を求めることができる。

二ところで、右登記手続につき、被控訴人らは、その請求の趣旨において更正登記をすることを求め、原判決もこれを認容しているが、前示のとおり遺留分減殺請求権は形成権であり、これが行使されたときは、目的物の所有権又は共有持分権は受贈者から遺留分権利者に直接移転するから、右の権利変動を公示するには所有権移転登記又は所有権一部移転登記によるべきであり、更正登記によることはできないといわなければならない(なお、贈与の減殺、すなわちその一部又は全部の失効による権利の復帰の面を強調し、一部抹消に代わる更正登記の手法が考えられないわけではないが、遺留分減殺の場合は、権利は、贈与者たる被相続人に復帰するのではなく、被相続人を相続した遺留分権利者に直接復帰するところ、一部抹消に代わる更正登記は、登記の更正の結果、現在名義人とその前者の共有関係を表すべき場合にのみすることができると解すべきであるから、この手法によることはできない。)。もっとも、被控訴人らは、更正登記を求めているのは遺留分減殺を原因とする登記手続の一手法を表明したに過ぎず、所有権一部移転登記による公示手段も求めていることが明らかであるから(すなわち、訴訟物は、遺留分減殺を原因とする登記手続を求めることにあり、更正登記とするか所有権一部移転登記とするかは、その実現方法(広義の執行方法)に対する当事者の意見表明に過ぎない。)、右所有権一部移転登記手続を求める請求を認容することとする。

三よって、原判決は、更正登記手続を求める請求を認容した主文第二項を所有権一部移転登記手続を求める請求を認容するものに変更すべき点を除き、相当であるから、本件控訴は理由がないものとしてこれを棄却することとし、なお、原判決主文第二項を右のとおり変更し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岩佐善巳 裁判官稲田輝明 裁判官南敏文)

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